日本一のジャイブマン吾妻光良。小粋なユーモアと風刺で聴衆を虜にするのがジャイブですから、ルイ・ジョーダンも、ジョー・ストラマーも、野生爆弾くっきーもジャイブなのです。(1/2)
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INTERVIEWS:
吾妻光良 / ブルースギタリスト、バンドリーダー
スイングしなけりゃ意味がなかった1930年から40年頃の黒人大衆音楽。小粋に意味不明なシラブルを乱発し、妙味のある皮肉なユーモアで聴衆を笑の渦に巻き込む芸達者なミュージシャンたち。激しいシャウトに、どデカい音で熱狂を誘うサックスのブロウ。ブギウギもラグタイムもスイングもジャンプもマンボもラテンもカリプソもごっちゃ混ぜにしてエンターテインメント性を追求する精神。音を楽しむと書いて音楽、世が暗くとも「音が苦」であってはいけません。その精神こそジャイブなのです。日本の偉大な’’ジャイブマン’’バッパーズの吾妻光良氏にその音の魅力について話を聞いた。
アーリーR&B、ちょっとのカリプソ、ちょっとの甘いジャズがあれば一生いきていけるワハハハ
僕は昔のものしか聴かないんだけど、それでも自分の中で流行り廃りはありましてね。最近はJIVEのコーラスもの!インク・スポッツとかミルス・ブラザーズとかね。JIVEコーラスだったら一晩中でも喋り倒せますね。
なんていうのかな~昔の音楽には一つ強い芯があるような気がしますね。スタイルによらず聴き応えがある。電気なんかほとんど使っていない様な時に録った音が楽しいね。あまり派手にミキシングしてないマイク数本で録った音。奥行きがドーンと見えるから、コレが可笑しくて楽しんだ!
僕は、ルイ・ジョーダンに代表されるスタイルがほんとに大好き。ユーモアがあって凄く芸達者!だから昔のR&Bをやってた黒人の人たちがやってること全部日本語でやりたいの!全部やりたいっていう強迫観念にも近いですね(笑)。だからそれを自分のバンドでもずーっと追い求めてる。
例えばバッパーズで『150~300』っていう歌があるんですけど、『634ー5789』というウィルソン・ピケットの電話番号だけの歌がありましてね「あっ!数字だけの曲を作りたい!どうしてもやりたい!う~ん数字だけ…、あー!血圧っ!」。
『しかしまあ何だなあ』っていう曲の語りが出るところ、もうインク・スポッツやりたい!って本当にそれだけ。昔の人は本当に面白いんですよ!創造力が凄いの。その面白さをちょっとでも解って欲しいなってのはありますね。だから自分の中でアーリーR&Bは、かけがえのない大切な音楽で、それだけ聴いてれば幸せなんです。あとはちょっとのカリプソと、ちょっとの甘いジャズがあれば一生いきていけるワハハハ。

カリプソに出会ったのも、きっかけは単純で小出斉(ブルース文筆家)さんが、「コレ吾妻さん好きだと思うから聴いたら?」ってアーフーリー・レコーズの『リアルカリプソ』というLPをもらったの。それでこーんな面白いものがあるのかと一発で好きになっちゃった。
アーフリーがいいのは歌詞カードが、ガッツリついてるんだよ。カリプソなんて訛りまくってるから、あれがなきゃ絶対わかんないわけよ(笑)。それで僕はこのままどんどんサウスの島の音楽に行くかと思いきやスカやレゲエにはいかなかったですね。スカって50年代後半にワっていったような感じがあって時代的なサウンドラグがあったのかもね。
僕は50年代後半のサウンドがあんまり好きじゃないんだよな。なんでだろう?でも年代の音ってのがあって30年代から40年代後半までが一番好きだな。ブルースで南だとデルタになっちゃうか。う~んニューオリンズもあんまり聴かないなー。そう考えていくと西海岸よりもニューヨーク。やっぱり僕は、都会育ちのしてぃ~ぼ~いだからですかねワハハハ。
*ジ・インク・スポッツ(The Ink Spots)
ヴォーカル・グループで1930~1940年代に活躍し、彼らの音楽がその後のリズムアンドブルース、ロックンロール、ドゥーワップの先駆けになった。
*ミルス・ブラザーズ(The Mills Brother)
1931年レコード・デビューしたジャズ・コーラスの元祖。それまでの単純なハーモニーだけではなく、と6th、9thやテンション・ハーモニーを駆使するご機嫌なコーラス・カルテット。
*ルイ・ジョーダン(Louis Jordan)
1940年代から1950年代にかけて活躍した「キング・オブ・ジュークボックス」。レイ・チャールズは、「彼は偉大なショーマンだ。ユーモアのセンスがあるし、皮肉っぽい調子は忘れがたい。一度彼の音楽を聴くと、忘れることができない」と評した。B.B. King、Chuck Berry、James Brownなどその後の全てのミュージックシーンに多大な影響を与えた。



邦楽聴くなんてダサいと思ってたの。フォーク?バカじゃないの!?くらいの感じワハハハ。
僕が中学高校生の頃は、ラジオがロックの時代だから洋楽しか流れてこない。本当だよ(笑)。それがビートルズであり、クリームであり、CCRでありいろんなものが毎日のようにラジオでかかっていて、それを聴いていたし、それが好きだったし、その中に時々ブルースってのが出てくる。
今思うと本当に勿体無いことをしたと思うんだけど、邦楽聴くなんてダサいと思ってたの。フォーク?バカじゃないの!?くらいの感じワハハハ。あの頃は、B.B.キングの『スリル・イズ・ゴーン』がヒットしてたし、モータウンだとか、ソウルなんかがドドドーンとナショナルチャートにも入ってた時代。外タレがまだあまり来ない時代に、ジョン・メイオールが来日するんだね。学童5人くらいで見に行くか!っていうムードの時に
友達「ジョン・メイオールって偽物らしいよ。来年B.B.キングって本物が来るらしいよ」
吾妻「それじゃあ俺らは本物を見に行こう!」
って観に行ったの。そう有楽町もまだ真っ暗な頃の産経ホール。寒い日で街灯の影が道路にくっきり映る、その風景は今だに覚えてますよ。走馬灯の時に思い出すんでしょうね(笑)。
でもそれがきっかけでブルースみたいなものを聴くようになったのは確かだよ。白人のブルース、黒人のブルース両方聴くようになったんだけど、そうこうするうちに日本にブルースブームというのが起こり始めて「ブルースを聴かないものものは人間ではない!!」くらいのブームだったの。それになぎ倒されていたやつが僕の周りにいっぱいいた。
それで僕も高三のオールマン・ブラザーズ・バンドの『ブラザーズ・アンド・シスターズ』を最後に、黒い顔の人のレコードしか買わないという感じになっていくわけですね。もう朝も昼も夜も黒い音楽ばっかり聴いてる感じの青春時代でしたね(笑)。
*ジョン・メイオール(John Mayall)
1962年ブルースブレイカーズを結成。アレクシス・コーナー、グラハム・ボンド達と共にブリティッシュR&Bのパイオニアとして注目を浴びる。ポップ路線とは真逆のドス黒いブリティッシュR&Bを突き詰めた。息子は、クラブスカでもお馴染みトロージャンズのギャズ・メイオール。
*B.B.キング(B.B. King)
知らぬ人はいない「キング・オブ・ブルース」。「Thrill is gone」のような洗練された都会的なメロディーや構成の曲も多いが、注目すべきはキャリア初期かつルイ・ジョーダン・スタイルのラテンやマンボなどのフレーバーが入る楽曲は是非ディグしてみて欲しい。

一番強いやつに喧嘩売るのがカッコイイの!今は何でも「いいね!」ってするでしょ!?でも昭和の時代はガンガン主張するんだ。「クラプトンはブルースではない!」ってねそれが痛快。炎上上等なんだよワハハハ。
当時はニューが付いていたミュージックマガジンと、当時創刊を始めたブルーズ&ソウルレコード、昔はザ・ブルースっといっていたブラックミュージックレビュー。その辺のメディアがまだ力を持っていて、レコードのライナーと併せて貪るように呼んでた。
そんな人たちがそこらじゅうに溢れてたころですね。中村とうようさんの『ブルースの世界』にはね「エリック・クラプトンはブルースではないっ!」「おおおおお!そうなのか!」って若いからすぐ感化されちゃう。
武市好古さんの『ジャズを聴く』この単行本も本当に面白い。何でかって昭和の本だから面白いの。今は何でも「いいね!」ってするでしょ!?でも昭和の本は、ガンガン主張するのが新鮮で面白い。「先日のコンサートはとても良かった、ところで●●●●(某有名女性ジャズ・シンガー)というのは前から見てるけど、もう歌は辞めた方がいい!」とかね。「ウェザーリポートといってなかなか新しい音楽だとは思うが、あの赤いハチマキをしたベースのやつは何なんだ!」ジャコのことなんだよ。
もう面白くってしょうがない。だから俺はこの「いいね!」っていう文化がダメなんじゃないかと思うんだ。えー!と思う人がいてもいいじゃん。一番強いやつに喧嘩売るのがカッコイイ!クラプトンはブルースではないっ!あの赤ハチマキは何なんだっ!てねワハハハ。それで褒めるとこはすごく褒める。ただこの人のことそこまで褒めるか!?なみたいなとこあるでしょ!?炎上上等なんだよな。今は変なことでつっかかってくっる人がいるから面倒臭くなっちゃってる。

時代といえばですね、学生運動があった時代ですから、学校がロックアウトしちゃうの。俺たちウッドストックかな!?みたいなね。そう言う意味ではワクワクした時代でしたね。学園祭があって俺のバンドも校庭で出るはずだったけど、、、ゲバ寄りの友達から情報が入ったの。
友達「どうやら学園祭の前日に、突入するらしいぞ」
吾妻「俺は反対だ!うちのバンドが出られるまで待ってくれ!」
学生「それじゃ間に合わないんだ!」
吾妻「なんて事言うんだ!お前!」
学生「そうは行かないんだ、こっちの都合がある」
吾妻「終わってからにしてくれ!終わってからにぃぃぃ、」
学生「お前の都合なんて!知らん!」
バーーって機動隊が突入してきてロックアウトになっちゃった。当時はそういう高校が結構多かった。校長が教員免許持ってないみたいなね。それが凄い右翼のPTAが扇動して呼んだ校長で、それに弾圧された学生100人くらいが停学になった。「ブルースを聴かないものものは人間ではない!」ってくらい、凄くラディカルな時代でしたね。当時流行ってたフォークには行かずブルーズに行ったってのは、ひょっとしたらそのメンタリティが原体験としてあったからかもしれないね。
*ミュージック・マガジン
http://musicmagazine.jp
1969年4月に、中村とうよう、飯塚晃東、田川律らによって『ニューミュージック・マガジン』として創刊された月刊音楽雑誌。植草甚一、福田一郎、寺山修司、加藤和彦、片桐ユズルといった当時のアンダーグラウンド文化界の雄が寄稿し、単なる音楽紹介のみならず、音楽の背景を分析、批評する新しい『音楽ジャーナリズム』を提起した。
*ブルーズ&ソウルレコード
https://bsrmag.com
日本で唯一のブルース/ソウル/ゴスペルの専門誌。毎号CDや別冊付録付だから初心者も楽しめる。

1956年2月29日東京都新宿区に生まれ。大学在学中に「ロック・クライミング」なる実態はブルース愛好家サークルの部長をつとめる。妹尾Weeping Harp隆一氏のバックで初レコーディングを経験。その後、永井隆&ブルーヘブン、ダーティー・ダズン、E-Changブラザーズなどを経て、1979年秋、スウィンギン・バッパーズを結成。EGO-WRAPPIN’、岸田繁(くるり)民謡クルセイダーズ、永積崇(ハナレグミ)、浜野謙太、スカパラから星野源まで、ルーツミュージックを愛する多くのミュージシャンから尊敬される日本の偉大なるミスタージャイブマン。
Profile
Name: 吾妻光良
DOB: 1956/2/29
POB: 東京、新宿区、日本
Occupation: ブルースギタリスト、バンドリーダー
https://s-boppers.com
空坊糸を使い程よいハリと肉厚感、伸縮性と吸汗性に優れたクラシックなスウェットです。生地目を横にとり、サイドパネルはリブ仕様となっており、型崩れしにくく、洗うほど、着込むほどに独特の風合いとエイジングが楽しめます。身幅広めのボックスシルエットと、NUTS ART WORKS がハンドデザインした文字がラバープリントで加工されている、ザ・スウィンギン・バッパーズ吾妻光良と制作したスウェットです。
■サイズについて
S:身丈66cm / 身幅52cm / 肩幅47cm / 袖丈60cm
M:身丈69cm / 身幅55cm / 肩幅50cm / 袖丈61cm
L:身丈72cm / 身幅58cm / 肩幅53cm / 袖丈62cm
XL:身丈75cm / 身幅61cm / 肩幅56cm / 袖丈63cm
XXL:身丈78cm / 身幅64cm / 肩幅59cm / 袖丈61cm
■商品詳細
ITEM : C/P MIX CREW NECK SWEATER 吾妻光良 / NUTS ART WORKS / moc
SIZE : S / M / L / XL / XXL
COLOR : HEATHER GRAY / CAMEO PINK / WHITE / BLACK
QUALITY:COTTON 75% / POLYESTER35%
■サイズについて
1:身丈72.5cm / 身幅61.5cm / 肩幅50cm / 袖丈27.5cm
2:身丈75cm / 身幅64cm / 肩幅52cm / 袖丈29cm
3:身丈77.5cm / 身幅66.5cm / 肩幅54cm / 袖丈30cm
■商品詳細
ITEM : OPEN COLLAR SHIRT 吾妻光良 / NUTS ART WORKS / moc
SIZE : 1 / 2 / 3
COLOR : GREEN / YELLOW / RED
QUALITY:100% NYLON DYED POPLIN
‘’ If I Go To Church On Sunday
And Run Around On Monday
T Ain’t Nobody’s Biz-ness If I Do ’’
もし俺が日曜に教会に行って
月曜に走り回ってても
そんなこた他人さまに何も言われる筋合いはないね
時代が変わっても人の本質は変わらないのかも知れません。「世間の眼なんて関係ない」ラジカルに自由を求めるといったメッセージは、妙に同調圧力の高まる昨今の社会に響く内容ではと思っております。
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