自分が自分である為に何をするか、それを考えて自分に正直に生きる。MHAKインタビュー(2/2)

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INTERVIEWS:
MHAK as MASAHIRO AKUTAGAWA/ペインター/アーティスト


作品に対して気持ちをぶつけられる作家や自分に持っていない感覚を持った作家に凄く憧れます。ハプニング系というか直感でズバって引かれた線。そういうの完璧。

僕は作品を制作するにあたって正直になれない。気持ちをぶつけた作品も作ってみたかったりもするんですけど、勢いをだしてやってみても結局キレイに直して仕上げちゃうんです。(笑聲)。僕は作品を作る時の気持ちの浮き沈みが全くない。だから、作品に対して気持ちをぶつけられる作家や自分に持っていない感覚を持った作家に凄く憧れます。ハプニング系というか、直感でズバって引かれた線。そういうの完璧。真似出来そうで絶対に出来ない線と流れ。このパターンでいうと自分の周りだと”井上純”。僕は内面ではそういう部分に憧れて求めてたりもするんですよ。でもそこに向かおうとは思ってない。そこは長ける人に任せて僕は僕にしか出来ない事を、どんどん示していかなきゃいけないと思ってますから。

今までそんなに反省をする事がなかったから凄く新鮮な気持ちになったんです。まさかこんなに大きなグループになるとは思ってもみなかった(笑聲)。81BASTARDSでの活動は、個々になった時に物凄く活きていて、作家活動をおこなう以前に人として凄く勉強になる。

僕自身、グループで活動をおこなう事になるとは思ってもいなかったんです。きっかけは*SETSUZOKUからオファーを貰った事でしたけど、ライブペイントはやりたくないしなーって考えてた時に当時頻繁に連絡を取っていた”Yoshi47”に『こういう話があるんだけど、なんか変な事してみない?』って誘ってみた事が始まりです。のちに2人で始まったユニット名は『81BASTARDS』に決まりました。僕も今まで色々な事をやってきた経験と自信があったし、yosh47と一緒にやる事で相乗効果で良い作品が出来上がると思ってたんですけど、結果を見たら、あれ?って、イメージと違う仕上がりになってしまって、久しぶりに挫折感を味わった。(笑聲)パフォーマンス自体は自分達的にも凄く新しかったし、観にきてくれた人達も面白がってくれたから、それは成功でしたけど、今までそんなに反省をする事がなかったから凄く新鮮な気持ちになったんです。そもそも、81BASTRADSは呼ばれた時だけやろうってくらい緩く、むしろSETSUZOKUでの限定ユニットくらいのノリだったのに、まさかこんなに大きなグループになるとは思ってもみなかった。 (笑聲)

僕等の活動を知ってまず井上純(以下、ジュン君)が、入りたいって言ってくれたんです。ジュン君が加入する事になって躍動感がプラスされ三人に、直樹くん (SAND NAOKI) が加わる事になってセンスがプラスされ四人に、OT (OT TATTOO)が加わって画力がプラスされ五人にっていう風に多様性に富んだメンバーも増えて行き、カッコイイ、カッコ悪いはとりあえず置いといて自分達が楽しいと思う事をやろう!仕事の受け方も僕達主導でっていう方向性も決まっていったんです。そうこうしていくうちにプロジェクト毎にアーカイヴを残していく必要性を感じて写真家のRiO Yamamoto、映像作家のSatoshi Yamamoto、DJのLZAまで加わっていってメンバーも気が付いたらいつの間にか十人になってた。最初はみんな手探りだったけど、今はフリースタイル感にも慣れてきて、しっかりとまとまるようになってきました。81BASTARDSでの活動は、個々での活動に戻った時に物凄く活きていて、作家活動をおこなう以前に人として凄く勉強になる。個の時は個の問題だから怒る必要もなかったけど、81BASTARDSというグループのお陰で必要な時には怒るようになったし、喧嘩もするし、意見もぶつけ合う。個が立ち過ぎないように自分を消さなきゃいけない時があったり。グループとして最終的にどう観せるかを考えるから、個人で行う事との差を経験出来ているんです。何よりも81BASTARDSは本当に家族のようでみんなでの活動は凄く楽しいんですよ。

81BASTARDSは、常に自由な存在でいたいだけで向かうところはないんじゃないかな。作家性もあるし今まで築いてきた事もあるし、個人だとどうしても方向性を示さないといけない。

81BASTARDSは、常に自由な存在でいたいだけで向かうところはないんじゃないかな。作家性もあるし今まで築いてきた事もあるし、個人だとどうしても方向性を示さないといけない。81BASTARDSは、自由で隔たりなく色々な事をやっているというイメージを保てているし、それがそもそもやりたかった事だから。81BASTARDSには縛りがないんで、誰かが次に何かを試したい時に試す場として使う事も出来るんです。ミスをしても周りがフォロー出来る。これだけ人数がいれば言い方は悪いですけど、幾らでも仕上がりは誤魔化せるんです。お金を貰ってそういう実験が出来るって中々無いですよね。だからと言ってクライアントワークをないがしろにする訳では勿論なく、その辺は皆んなプロだからしっかりわきまえた範疇ですからね。メンバーのみんなにとってもそういう存在で有り続けた方が今後にも良い。僕の場合は、常に好きな事が出来て、常に自由で入れる場所。仕事のオファーを受ける時も僕個人で受けた方がクライアントの為なのか81BASTARDSで受けた方が良いのか、一度天秤にかけて考えたりもします。最終的にエンドユーザーに対してどう伝わるかを僕は考えるようにしてるから。

僕は音楽的な部分や視覚的な部分からよりも身体を動かしている時に凄くインスパイアされます。あの時の気持ち良さとか、あの時の感覚をずっと得ていたい。

最近は朝起きてスタジオに行って作業をして帰って寝るみたいな普通の生活です。飲みに行く事も少なくなって基本は遊ぶ事を優先するようになりました。僕は音楽的な部分や視覚的な部分からよりも身体を動かしている時に凄くインスパイアされます。あの時の気持ち良さとか、あの時の感覚をずっと得ていたい。その感覚が自分と作品にもたらす影響は凄く大きくて、やっぱりそういうカルチャーが好きだから続けて来たし、そういう事も全て引っくるめて僕なので僕自身が好きでやっている事が後ろに見えてくれれば良いなと思っています。

勿論、シーンや自分達が活動する畑が豊かになればなる程需要は増えるでしょうけど、それ以上に個を立たせなきゃ意味がないと思うようになりました。今のアートマーケットがどうだこうだっていう事に僕は関心がなくて、自分が自分である為に何をするか、それを考えて自分に正直に生きてます。

昔ほど日本のアート業界の事は考えてないんです。結局自分自身が何をして生きたいかだけだから、シーンがどうこう言っても意味無いなって。勿論、シーンや自分達が活動する畑が豊かになればなる程需要は増えるでしょうけど、それ以上に個を立たせなきゃ意味がないと思うようになりました。今のアートマーケットがどうだこうだっていう事に僕は関心がなくて、自分が自分である為に何をするか、それを考えて自分に正直に生きてます。

僕が海外の色々な国でショーをさせてもらっていた2000年代後半から2013年頃までに感じた事の一番は欧米諸国では作品がポンポン普通に売れるという事。お金を持ってる人が作品を買うって事ではなくて、みんな自分の買える範囲の金額で作品を買おうとしてくれるんです。だから、そもそもギャラリーに行くっていう事のスタンスが日本とは違い過ぎた。日本人の場合、ギャラリーは観に行く場所。欧米諸国の場合、気に入った作品を見つけたら購入する意思があるっていう前提で行く場所だと感じました。極端に言えば、日本人は作品を観るだけに来てる人が80%、向こうは逆で作品を購入する意思がある人が80%なんです。それにアーティストの有名無名があまり関係ない。

僕の一番若いお客さんは高校生だったんですけど、100ドル札を持ってきてこれで買える作品が欲しいって、僕みたいな無名なアーティストに中々ないじゃないですか。まだ誰も知らないアーティストの作品を俺は持ってる、俺が最初に見つけたんだって。

日本は人と違うという事が叩かれて、右向け右みたいな教育の中で育ちます。僕の一番若いお客さんは高校生だったんですけど、100ドル札を持ってきてこれで買える作品が欲しいって、僕みたいな無名なアーティストに中々ないじゃないですか。まだ誰も知らないアーティストの作品を俺は持ってる、俺が最初に見つけたんだって。もの凄く嬉しかった。だから、その分こちらにも責任があるし、純粋な気持ちで応援してくれるそういう人達の為にも頑張ろうと思うんです。

今の若い子達に強いて言うなら、日本人らしさは捨てないで欲しいという事かな。西洋文化に慣れ過ぎて、武士道的な部分がごっそり抜け落ちてしまっている。日本人らしい侘び寂びの精神をキチンと持ったうえでやって欲しい。

今は若い子達の勢いが凄いって感じるから今後はいろんな事がどんどん変わっていくと思ってます。僕らの世代は本当に谷間というか、上の世代がやってきた事に憧れてフォローしながら見続けて、その中でがむしゃらにもがくけど、もがいても拾われなかった。そんな中、僕らより一回り以上下の世代がフックアップされる時代になってる。それはそれでいい事だと思うし、謙虚にどんどん頑張ってほしいと心から思ってます。僕らは僕らで今まで通りサヴァイブし続けるし自分らしく生きていくだけ。

僕が思っている固定概念とか価値観が一回り下の世代とズレてたりするから、若い子達に言う事は正直何もないんです。僕がバックボーンが全てだと言っても、時代がそう思っていなかったら意味がない。僕は僕なりの思想を持って生きる以外にもう持ち合わせていないから、そこに合わせていく必要はないと思ってます。今の若い子達に強いて言うとするならば、日本人らしさは捨てないで欲しいという事かな。西洋文化に慣れ過ぎて、武士道的な部分がごっそり抜け落ちてしまっている。古い考え方ですけど僕が危惧してるのはそこの部分です。日本人らしい侘び寂びの精神をキチンと持っていて欲しい。

今の時代は正直便利になったなと思いますけど、視覚的な情報の弱さを凄く感じてはいます。本来情報って、取りにいくまでにお金を使ったり、足を使ったり、時間を使って、多くの事を犠牲にして取りにいってたけど、今はスマホ、PCで直ぐ得れる。足を運んで見ようがモニターを通して見ようがビジュアルの価値に大差が無くなってしまった部分は残念だと思ってます。

初めて経験したアカデミックな場所でのプレビューは凄く良い経験になりました。最初から僕の事を色々と知ってくれてる人がいたり。そんな事ばかりでプレビューの約二時間は生きた心地がしなかった。(笑聲)

個展はせずに2人展とかグループ展とかには普通に参加してましたけど、最初の個展から約十年の時が空いたのは単純に面倒臭かっただけです。(笑聲) 僕、昔からキャンバスと向き合って作品を作る事があまり好きではないんですよ。ただ原宿にGALLERY TARGETっていうギャラリーがあって、昔からそこでショーをしたい願望は持っていたんです。オーナーの水野さんからショーのお誘いを頂いた事で重い腰をあげました。そうこうしているうちに水野さんのネットワークでAOYAMA ART BREEZEの安斎さんとも共同でやらせて頂くことになって、約十年振りの個展が二会場同時開催になったんです。

久しぶりに展示の事だけを考えてしっかりと向き合って制作したキャンバス作品は僕にとって物凄く光栄な評価をしてもらえて、そういう作品達が売れていった。今まで出来なかった経験でした。これまで日本で個展をやるといっても、僕の場合は自分の周りの人達がたくさん観に来てくれてワイワイするっていう規模でしたから。初めて経験したアカデミックな場所でのプレビューは凄く良い経験になりました。プレビューに来てくれたお客さんはほぼ知らない人達なのに、一つ、また一つと作品が売れていくんです。まじか!みたいな。今回の作品安くないですよ?って。(笑聲)そういう世界がある事は勿論知っていましたけど今までにそういう方々との接点なんてないですし、そんな経験もなかった。最初から僕の事を色々と知ってくれてる人がいたり。そんな事ばかりでプレビューの約二時間は生きた心地がしなかった。(笑聲) お陰で自分的にはアカデミックな業界の方々に僕みたいな作家もいるんですよって知ってもらえた良いきっかけになったとも思ってますし、そういうチャンスを貰えた事には心から感謝しています。

約十年ぶりに個展を開催させてもらって沢山の方々と触れ合い色んな事を感じましたし、考えました。自分の中での軸にしている部分もインスタレーションや作品を通してしっかりと観せることが出来た。作品を購入してくれたお客さんから沢山の暖かい言葉ももらえて、改めて僕は多くの方達に応援してもらって生かされているんだなって強く感じました。だからこそ中途半端な事なんて絶対に出来ないし、軸をブラさず正直に自分の道を突き進む。約十年の節目でより一層強くなれたので、この先の十年もどんどん加速していくだけです。(了)

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*デュエル:
世田谷区三軒茶屋にあるシルクスクリーンプリントの会社。

*ポートフォリオ:
書類を運ぶ平らな自己作品集。特に美術系の文脈で使われることが多い。

*SETSUZOKU:
『新しいBoomの創造』を目的にMusicを通じて様々な分野へセツゾクする新たな表現の場、トレンドの発信を掲げ都内を中心に展開しているカルチャー・パーティー。


1981年會津若松生まれ。ペインター。デザイナーズ家具や内装空間に多大な影響を受けた事から絵画をインテリアの一部として捉えた”生活空間との共存”をテーマとした制作活動を行う。空間と絵画を共存させる事は絵画そのものを雰囲気として認識させる必要性があると考え、抽象表現にこだわったスタイルを追求。曲線で構築し反復する独特な作風で個人邸やホテルなど数々の内装壁画を手掛ける。2017年には『adidas Skateboarding』とのカプセルコレクションをグローバルで発表し話題を呼んだ。その他国内の伝統工芸や観光地とのコラボレーション、アーティストコレクティブ『81BASTARDS』の一員としても活動している。

Name: MHAK as MASAHIRO AKUTAGAWA
DOB: 1981
POB: 会津若松、日本
Occupation: ペインター / アーティスト
http://mhak.jp
https://www.instagram.com/mhak_/

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