ビジネスゲームに依存すれば、新しい作品、風変わりな作品は生まれない。The Paradise Bangkok Molam International Bandが目指すゴール(3/3)

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INTERVIEWS:
マフト・サイ/Maft Sai/Dj/Producer/Founder of ZudRangMa Records & Studio Lam/Co-owner of Paradise Bangkok & SaNgaa/The Paradise Bangkok Molam International Band


音楽で共通の好みを持つ2人が偶然出会った。ある日レコ屋へ行ったら同じ好みのバイヤーに出会うって体験あるでしょう?私達もそうだよ。(笑聲)

クリスとはとあるレコードショップで初めて出会いました。ポータブルプレーヤーを持参してお互いレコードを掘っていました。そして4時間後に別の場所でまた会ったのです。(笑聲)お互い相手に何を買ったのか?どんなものを集めているのか?そんな事を聞き合ったりしました。不思議なことにお互い似通ったものを買い、実はロンドンに共通の友達がいる事も知りました。私達にはたくさん共通の友人がいて意気投合したのです。ある日、彼が私の家を訪ねてきました。音楽を聴いたりし、レゲエ、ファンク、他にも色んな音楽について情報を交換し合いました。全てが新鮮で本当に良い時間を過ごしました。そんな中、お互いが興味のある音楽で新しいパーティー創る考えに至ったのです。私達は主にモーラムやルークトゥンのイメージが強いですが、アフリカやその他、世界中の音楽を集めていましたから。全く新しいものが創造できると考えたのです。

つまりイベントはとても小さく当時はたった2人で全部やっていたって事さ。

私達は2009年に「Paradise Bangkok」を始めました。既に「ZudRangMa Records」はありましたからパーティーはレーベルの後になりますね。「Paradise Bangkok」はダンスフロア向けでDJライクな楽曲にフォーカスしています。有名ではなくてもヘヴィな音を中心に。当初スタッフは特に集めていなかったし全て自力でやったんだ。グラフィックも全てだ。Chris Menistが音を担当し私がアートワーク担当だった。音源に関してクリスは曲を書いたし、ライセンスは私がやったしマーケティングは2人で行った。マスタリングはよく一緒にやったね。つまりイベントはとても小さく当時はたった2人で全部やっていたって事さ。お互いの強みを生かす関係なのです。今はスタッフが増えたが、スタジオラムのブッキングは未だに私がやっている。

「ZudRangMa」は英訳するとマキシマム・ホース・エンジン(最高馬力)という意味。円盤を堀に田舎で車を走らせていた時の話が由来、こんな話さ。

「Zudrangma」は英訳するとマキシマム・ホース・エンジン(最高馬力)という意味になります。由来は昔県外へ円盤を掘りに行った時に得たアイディアなのです。田舎道を車で走っていた時、目の前を一台のトラックが横切りました。そのリヤガラスに「Zudrangma」というシールが貼ってあってね。これは良いなと。これから地方の音をもっと外の世界へ広げようと着目していた私のコンセプトとの関連性を強く感じたのです。この田舎のトラックもここから中心部のバンコクへと向かって何かを運び出して行くのだなと思い。私の想いを田舎のトラックドライバーに見立てエッセンスとして含ませようと考えたのです。意味も私が今からやろうとしているプロジェクトで最高の馬力を出して成功させるという気持ちを込めて。

設立当時は*Hua Chang(フアチャーン)というSiam(サイアム)近辺でした。その後、トンロー通りのソイ20のあたりJamjant Street(チェムチャン通り)に移設しました。当時はレーベルのみ立ち上げたばかりでレーベル名も「Elephant Head」という名前でロケーション名をそのまま英訳した言葉です。まだ店舗として機能する前の事です。1年ほど運営しました。小さなお店でカフェやDJスペースもあるレコ屋というスタイルだった。しかし場所が少し悪かったんだ。その周辺に結構チンピラみたいな子達が多くて薬とかシンナーとか吸う悪ガキがたくさんいるエリアだった。店に来るお客さん達にもお金をせびりに来たりして危険な地域で被害が及ぶのを恐れて移動したのです。「Elephant Head」では在庫が増える一方でスペース的に問題がでてきた。その頃ちょうど友人が空き物件があるからどうかと紹介してくれたのです。物件の内見に行ったら4階建のビルでこれなら大量の在庫も保管出来るし色々と使えそうだしと思ってレンタルしたのが今のこの場所です。こうして今スクンビット51通りへ引っ越して来てからは、約8年になります。

アンプやサウンドシステムに関してはマーケットに足を運び私自身が探しながら選択購入します。サウンドシステムはお店に設置し良い音が見つかるまで試行錯誤します。ストレスを感じればまた別の機材を購入します。(笑聲)それぞれの分野にコレクターや集団が存在しますから、探すこと自体は苦労しない。ただ、私の場合、サウンドシステムにももちろん気を配りますが、鳴っている音そのもののクオリティーや音楽自体を重視している。

*Hua Chang(フアチャーン):
タイ語で「象の頭」の意。

ある日ふと思い付いたのです。私達のスタイルをローカルだけではなくもっともっと気に入って興味を持ってくれる人達がいるのではないかと。

SOUNDWAYとFINDERS KEEPERSとの共同プロジェクトに関して。きっかけは私とChris MenistがMiles Cleret(マイルス・クラレット)とAndy Votel(アンディー・ヴォーテル)、両レーベルのオーナーと元々仲が良かったからです。パラダイス・バンコクを創った時、ある日ふと思い付いたのです。私達のスタイルをローカルだけではなくもっともっと気に入って興味を持ってくれる人達がいるのではないかと。パーティーではお客様の音に対する反応も良かった、音に乗ってくれていた。そこで試しに知人の海外レーベルにいくらか連絡してみました。モーラムやルークトゥンの曲を送ってね。一番レスポンスが早かったのがFINDERS KEEPERSとSOUNDWAYだった。彼らからは「今までに聴いたことがない音だし是非一緒に何かリリースしないか!?」と回答をくれたのです。最初のリリースは2010年頃。同時期の発売ということも有り各レーベルプロジェクトのコンセプトに違いを持たせる工夫をしました。例えばSOUNDWAYとはルークトゥンやモーラム、ジャズはグラスルーツ寄りの曲を選びました。タイの根っこの音を中心に考えたのです。西洋リズムを含むものもあるが、カヴァーよりも少なめです。FINDERS KEEPERSとのコンセプトはやはりサイケデリック・ロックです。サイド・サウンドと言うか。言うなれば、タイ・サイド・ルークトゥン・アンダーグラウンドです。因みにサイアム・サウンドって言えばタイのメジャー音楽というイメージです。

*Miles Cleret(マイルス・クラレット):
イギリスのロンドンに拠点を置くインディーズ・レコード・レーベル「Soundway Records」ファウンダー。2002年設立。アフリカン、カリビアン、ラテンそしてアジア音楽を得意とする。

*Andy Votel(アンディー・ヴォーテル):
本名:Andrew “Andy Votel” Shallcross。1975年生。イギリス/ストックポート出身のミュージシャン、DJ、レコード・プロデューサー、グラフィック・デザイナー。Twisted Nerve Records及びFinders Keepers Recordsの共同創業者

The Sound Of Siam : Leftfield Luk Thung, Jazz And Molam From Thailand 1964 -1975
Artist: Various Artists
Label: Soundway
Cat. No.: SNDWLP027
Release: 2010
Compiled By ‒ Chris Menist, Miles Cleret
Design [Front And Back Cover] ‒ Lewis Heriz
Design, Layout [Interior] ‒ Meurig Rees
Liner Notes [Sleevenotes], Research ‒ Chris Menist
Mastered By [Mastering & Vinyl Restoration] ‒ Nick Robbins

The Sound of Siam Volume 2 – Molam & Luk Thung from North East Thailand 1970-1982
Artist: Various Artists
Label: Soundway
Cat. No.: SNDWLP058
Release: 2014
Compiled By ‒ Miles Cleret
Design [Front And Back Cover] ‒ Lewis Heriz
Layout [Interior Layout], Design ‒ Meurig Rees
Mastered By, Engineer [Vinyl Restoration] ‒ Frank Merritt
Research, Coordinator [Licensing], Liner Notes, Compiled By ‒ Chris Menist, Maft Sai

Thai? Dai! (The Heavier Side Of The Luk Thung Underground)
Artist: Various Artists
Label: Finders Keepers Records
Cat. No.: FKR044LP
Release: 2011
Compiled By ‒ Andy Votel, Chris Menist, Maft Sai
Lacquer Cut By ‒ K*
Liner Notes ‒ Chris Menist

著作権に関しては時代背景やそれぞれのバックストーリーを調べて一体何が起きていたのか?を把握する必要があるのです。特にタイではこうした情報を獲得するロケーションやデータも存在しませんから直接アーティストや様々な関連人物に会いインタビューをして探すしか方法が無いのです。

ライセンスについては他の分野と比べても特に複雑な構造をもっている。特に著作権は金銭的な問題がありますからより一層です。やはり誰もが著作権を持ちたがるわけです。金銭的メリットがあれば皆それを奪い合ったりもしますよね。人によって自分が著作権を持っていると言って本当は持ってなかったり、持っているのに持っていないと誤魔化したり、本当に様々なケースがあります。著作権のライセンスは見分けが難しい事柄なので自分で権利元を探し情報を得なければいけない分野なのです。昔は今よりももっと酷いトリックがあった様です。例えば、レーベルがアーティストに対してブランクの契約書にサインを書かせたりしました、つまり著作権が欲しかったわけです。中には同時進行で4つのレーベルに著作権を売り、一斉にお金を受け取りずらかるアーティストもいたみたいだ。こうしたトリックが隠されていたりするので一体誰が所持しているのかは本当に用心深く確認する必要がある。

アーティスト、作家、プロデューサーは容易にわかりますが、権利は一体誰が持っているのか?そのプロデューサーなのかアーティストなのかはたまたレーベルが持っているのか。要約、誰が所有者なのかが分かっても既にどこかへ売られてしまっている場合もあります。もし売られていた場合どこへどの様に売られたのか。例えばBuy offなのかBuy outなのかリリースなのか?または10年〜20年の一定契約期間での譲渡など。正しい権利を正しい相手に支払える様に隈なく調べて宿題をする必要があります。

実の所タイでは殆どプロデューサーが楽曲を作っています。自身で曲を書くアーティストは少ないのです。多くの場合、師であるプロデューサーがアーティストに楽曲を提供します。そしてアーティストはシンプルに作品を歌い表現するわけです。そしてレーベルが曲を世の中に送り出します。またリリースによりレーベルが全ての費用を持つと同時に著作権も保持するパターンがあります。このような取決めもアーティストや楽曲、レーベルなど多種多様です。例えば円盤を見るとわかりますが表記では誰々作と書いてありますが、ただ単にプロモート目的で実際には昔とても売れた有名な歌手の名前を使っている場合もあります。つまり多く売る為に表記を変えていて実際にその人が作った作品では無い場合もあるのです。

時代背景やそれぞれのバックストーリーを調べて一体何が起きていたのか?を把握する必要があるのです。特にタイではこうした情報を獲得するロケーションやデータも存在しませんから直接アーティストや様々な関連人物に会いインタビューをして探すしか方法が無いのです。

’70年代後半から’80年代初期の頃にタイの音楽シーンは大きな転換期を迎えます。近年の音楽業界は一層ビジネス的になってしまいました。こういった時代背景により新しい作品や風変わりな作品も生まれなくなってしまったのです。

タイ音楽は細分化されています。ルークトゥンやモーラムの曲、南部の曲、更にスンタラーポーンやルーククルンのジャンルまでもが、昔はそれぞれ専門のレーベルやプロデューサーがいてそれぞれのスペシャライズ盤を作っていました。才能溢れるアーティストは様々なジャンルやレーベルをまたいでコラボ作品を生み出しました。当時は今よりも本当に実力重視でした。簡単に出演許可が出てステージに上がれる訳ではありませんでした。演奏も然りです。表舞台に出ることは本当に狭き門だったのです。

昔の歌い手は、ルークトゥンやモーラム、タルンといった異なった地方の楽曲であっても全て歌うことができました。例えば*Waipod Phetsuphan(ワイポット・ペンスバン)という歌手がいます。彼は全ジャンルの歌が歌えたのです。北部ジャンルの楽曲であれば北部地方の言葉「イサーン語」で歌う。南部地方であれば南部の言葉で歌えた。何故なら彼らは全国をツアーで回る必要があったので各地方のローカル言語を話し、歌う必要があったのです。

例えばダオバンドンが*Thepphabut Satirodchomphu(テープパブット・サティロードチョムプー)のバンドに加入する際にも3〜4年の下積み時代があった訳です。道具運びや裏方として働く等の下積みを経てようやく表舞台に立つ事を許されたのです。より実力が試された。しかし、’70年代後半から’80年代初期の頃にタイの音楽シーンは大きな転換期を迎えます。近年の音楽業界は一層ビジネス的になってしまいました。数年前までは全ての楽曲が生バンドの演奏によって創られていました。スタジオで人間が演奏し録音していたわけです。それが転換期を迎えクオリティーがどんどん低くなった。どんな曲が売れそうかと考えながら作ろうとするわけです。1つのアルバムの中に歌詞の内容だけを変えて似通った曲ばかりが収録されるようになりました。ビジネス的な観点から考察するとタイ人は音よりも歌詞にフォーカスして音楽を聴く国民性だからです。こういった時代背景により新しい作品や風変わりな作品も生まれなくなってしまったのです。

*Waipod Phetsuphan(ワイポット・ペンスバン):
1942年生。スパンブリー県出身の男性歌手。仏教音楽レーの名手で「レー音楽の王様」と呼ばれる。ヴィエンチャンから来たラーオ系タイ人のため、ラオスの民謡を積極的に取り入れた。

*Thepphabut Satirodchomphu(テープパブット・サティロードチョムプー):
1943年生。ノンカーイ県出身の音楽プロデューサー。イサーン音楽会の黒幕として暗躍。70年代半ばあまりの影響力の大きさから軍に追われ国外に逃亡。フランス・ベトナム系タイ人。

時代に翻弄されながらタイ音楽は変遷している。世界的に行われているビジネスゲームそのままというのが現在のタイの音楽シーンなのです。

‘90年代に入ってからは完全に売れ線の曲ばかりが生産される時代に入りました。クリエイティビティーなことや創造力が減ってしまった。「何が売れるか?」が最重要になったのです。例えば笑えるものが売れると分かればルークトゥンやモーラムもエンターテイメント寄りでコメディーっぽいのが量産されます。コメディーっぽさが強調されればクオリティーも下がります。時代に翻弄されながら生まれた曲調の楽曲達です。以降、モーラムもルークトゥンも聴いて笑える様な作品が多く、小馬鹿にされる様なジャンルのイメージがついてしまいました。以前はポピュラーカルチャーでありシリアスな内容の楽曲も沢山存在したのです。

特にコマーシャルシーンおいてはJ-POPやK-POP等あらゆる要素が入って来ています。主要な音楽レーベルだとグラミーやRSです。最前線をランしているのは数レーベルしかありません。またリリースをする事をゴールに専門的に勉強が出来るインスティチュートも現れました。そこで学んでアーティストになる人がいたりもします。要は実力よりもルックスが良かったり顔が良いという要素だけで引っ張られて歌やダンスのレッスンを受けさせられてデビューします。まぁ世界的に行われているビジネスゲームそのままというのがタイの音楽シーンです。

*GMM Grammy:
1983年設立。タイ王国バンコクを拠点に置く最大手メディア・コングロマリット。エンターテインメント企業。タイのエンターテイメント事業の70%のシェアを誇る。音楽ビジネスに於いては、コンサートプロダクション、アーティストマネージメント、映画及びテレビのプロダクション、パブリッシングも含む。

*RS Public Company Limited:
1973年設立のタイ大手エンターテインメント企業。国内においてコンテンツプロバイダーかつメディアサービスのリーディングカンパニーである。

バンドのメイン音楽はインストゥルメンタルそのものにしようと。そうする事により楽器はメインボーカルの声を避けて演奏する必要がなく自由な演奏が出来ます。音で前衛的な実験出来る様になったのです。これがThe Paradise Bangkok Molam International Bandなのです。

パラダイス・バンコクを主催した事がバンド結成のキッカケです。ジャンルはモーラムやルークトゥン、他にも世界中の音楽を混ぜています。アフリカ〜中東〜南アジアまで様々な土地の音楽をかける音楽イベントです。イベントを開催するにつれDJプレイだけではなくライヴ演奏もイベントに追加したいと考えたのです。大御所アーティストをゲストで呼んで歌ってもらうだけではなくオリジナルの生バンドが欲しいなと。最初はダオ・バンドンやサックサイアム・ペッチョンプーらに連絡を取って何とかゲストで出演してもらうようオーガナイズしていました。彼らの殆どは既に30年〜40年も現場を離れて引退したアーティストでした。その為、メンバーを探したり呼び戻したりイベントにゲストとして呼ぶのも大変な作業でした。

私が当時から常に考えていたのはパラダイス・バンコクのベースとなる箱バンドを作る事です。今後、様々なヴォーカリストをゲストに呼ぶ予定がありましたのでバックバンドに困らないように必要性を感じていたのです。バンドメンバーが集まり練習を重ねる毎にとても良い雰囲気のインストゥルメンタル・ミュージック・グループに成長していきました。ボーカリストを迎えようとしていたバッグバンド以上に様々な可能性が出てきました。そこでプロジェクトの方向性を変えて行きました。バンドのメイン音楽はインストゥルメンタルそのものにしようと。時々ボーカリスト等のゲストを呼び歌ってもらうという形態になったのです。すると結果的にも良い影響がでてきました。例えば楽器はメインボーカルの声を避けて演奏する必要がなくなり色々と自由な演奏が利く、結果、音で前衛的な実験出来る様になったのです。これがパラダイスプロジェクトなのです。

最初のヨーロッパツアーは2013年でした。9つのイベント5カ国を回りました。とても良いフィードバックを得られました。当時アルバムも出しておらずYouTubeの映像しかなかったけれど(笑)

メンバーはそれぞれ音楽の基礎があり一人一人違う特性をもっている。*ピン奏者のカンマオはただピンが好きで演奏しているだけではない。もっとピンを宗教的に見ているのです。彼と話せば常にピンやピンの神様について語ってくれる。2000年前のタイ仏教の古い神話に登場するプラインというピンを演奏する神様の話だ。

メンバーはそれぞれ音楽の基礎があり一人一人違う特性をもっている。ベーシストとドラマーは街育ちのクルンの人です。その為ジャズやロックそしてレゲエ等の要素を自然と体感し吸収できる環境にいます。それに対してピン奏者のカンマオはモーラムやイサーンの曲を身近に感じながら育ってきました。タイ国内においても伝統的なメロディー・ラインと演奏法を用いる数少ないピン奏者なのです。彼のバックグラウンドがそうさせています。そもそも彼はピンを制作する家族に生まれ育ちました。彼の父もまたピン奏者でありピン楽器の教師でありピンの制作者なのです。幼少時代からピンに触れ物心ついた頃にはピンを弾いてピンと一緒に育ったのです。幼少期は夜な夜な父にピンを弾いて寝かし付けてもらったのです。彼は大人になってからもピンの伝統を引き継ぎピン奏者になりました。そしてピンの制作も続けたのです。彼の人生の全てにおいてピンが関係している様な人物なのです。

一族の伝統的なピンの制作方法があります。まずは木を一本植える事から始めます。10年もの月日をかけてその木が枯れ倒れてから要約その木を彫るところからピン制作が開始します。全て彼のクラフト作品さ。彼の子どもや家族の手を借りながら。演奏用のピックも水牛の角から手作業で制作します。角をヤスリで磨く作業は奥様が担います。アコースティック・ピンに関しては昔から自転車のブレーキを弦として使用します。故に弦が他の楽器よりも硬くて普通のピックを使うと折れてしまいます。ですからピックは頑丈な水牛の角だけが使えるのです。その他のエレキ・ピンに関しては、カンマオは電話のケーブルの線を使います。弦選びもすべて彼自身の好みで選ばれているそうだ。カンマオはピンとイン(in)してる一族に生まれ育ったのです。

彼はただピンが好きで演奏しているだけではない。もっとピンを宗教的に見ているのです。彼と話せば常にピンやピンの神様について語ってくれる。2000年前のタイ仏教の古い神話に登場するプラインというピンを演奏する神様の話だ。その昔人々が食料不足で苦しんでいる時に村へやって来て人々にピンを弾いて聴かせ癒してくれる話さ。

普段から自分が演奏するピンの弦状態を見て緩んでいないか張りすぎて突っ張っていないか確認します。それを軸に日々の自己反省をして生きる指針にするのです。例えば、真ん中の弦が緩んだり張り過ぎて切れたとします。これは「中心」つまり欲を司る意味の線ですから、最近の自分はバランスが悪くて少し欲が多かったのではないかと自己反省し改めたりするわけです。また何か乗り物に乗り遅れそうな時もプラインに祈ります。どうか乗り遅れの無い様に無事あの便に乗れます様にってこんな具合です。彼の人生は何をするにも全部プラインに関係するのさ。

*Phin(ピン):
タイのイサーン地域を原産とする洋梨型の弦楽器の一種。ネックにはフレットが有り、その上に2〜3本の金属弦が走っている。伝統楽器。

最年長のサワイは今年で77歳になります。彼が最初に* Khene(ケン)を吹いたのは、第二次世界大戦が終わった直後に誕生したバンコク初めてのモーラムバンドなのです。

次はサワイについて。サワイは最年長で今年もう77歳になります。彼は昔からケン奏者だった訳ではなく別の職業で働いていました。ケン楽器を始めたのはおそらく30歳を過ぎてからだと聞いています。今70歳以上ですから約40年吹いている事になります。最初にケンを吹いていたのはモーラムのバック・バンドとして*Molam Soontharapirom Band(モーラム・スンタラーピロム・バンド)で吹いていたそうです。第二次世界大戦が終わった直後に誕生したバンコクに拠点を置くバンコク初めてのモーラムバンドなんです。

他にも色んなレーベルのアーティストのバックで演奏をしていたようだ。ラムプルーン系の伝統的な楽曲スタイルのSunthon Chairungrueang(スントーン・チャイルンルアン)などだ。暫くして私とパラダイス・バンコクで出会ったのです。彼は最年長だけど常にオープンで学び欲が半端ない人間だ。聴いた事がない曲を聴いて新しい情報を学ぼうとする。彼はこの世には膨大な種類の音楽が存在する事を知っているのです。彼は常に質問をしている。例えばバンドで曲をやろうとなったらずっと自分のパートを練習し楽曲に関してもこういうのはどうかとかアイディアを出してくれる。とにかく働き者で自分がする事に対して好きになれる人だ。元々、彼にとって音楽はパートタイムの様なもので定年までバンコクのオランダ大使館に勤務していた。定年退職後は音楽一筋でアーティストとして活動しているのです。

*Khene(ケン):
竹製の吹奏楽器。金属製のリードが音源で竹や葦などの筒によって共鳴させる笙(しょう)の仲間。管は2列に並んでおり、6列12本が標準。50センチメートルくらいの長さのものから、大きなものは2メートルほどもある。

*Molam Soontharapirom Band(モーラム・スンタラーピロム・バンド):
1956年結成のオリジナル・モーラム・バンド。

*Sunthon Chairungrueang(スントーン・チャイルンルアン):
1938年生。マハーサーラカーム県出身の男性歌手。踊れる新しいモーラムのスタイル「ラム・シン」の原型を作りスタイルを確立。

実験を重ね音楽を発展させてきた先人達と同じ精神が私達の根底にはあるのです。私達がやりたい事は古き良きラインを含みながら“今”を絡み合わせる。文化的な立ち位置を残しつつ現代にも通じる新しい文化なのです。

どのメンバーも自分の考えや演奏法がありますから、特に誰がバンドのリーダーなのかという立ち位置は無いです。各自が成長してバンドを支え合っているのです。メンバー全員で一緒に何かを作り上げていきます。ジャム・セッションして一体どんな事が起きるのか試すのです。全てを1人でこなす人間はいないさ。

全ての練習やリハーサルを録音して何度も聴き返していた。そしてメンバーが集まり音を試しながら練習を重ねたのです。また今回のライヴで演奏した音はどうだったか、どこがどう気に入らないのか、どの部分ではフィードバックが良かったかを話し合い常に成長し進化しているのです。こうしてパラダイス・バンコクの曲が出来上がる。音の主旋律は伝統的なモーラムのピンやケンの要素で構成していますが、私やクリスそしてパンプやその他にも色々な人間から出るリズムやグルーヴやビートと混ざり合い新しいサウンドが生まれる。

実験を重ね音楽を発展させてきた先人達と同じ精神が私達の根底にはあるのです。既存するその他大勢のモーラムバンドにはなりたく無かったし単なる’70年代の雰囲気に縛られている様な音楽にはしたく無かった。私達がやりたい事は古き良きラインを含みながら“今”を絡み合わせる。文化的な立ち位置を残しつつ現代にも通じる新しい文化なのです。

凍結された伝統的な文化は、現代社会いわゆる若者との世代間を繋ぐ糸口が無い様に思うのです。メロディーラインやリズムを上手に再構築できたらまったく新しい層にも訴求できるのではないかと考えるわけです。私達の音楽がファーストゲートとして普段モーラムを聴かない層にも広げられるはずだと。モーラムには人間の興味や中毒性を引き出す力があるのです。

我々のモーラムバンドがキッカケとなりその先でモーラムのカルチャーや歴史を探し出すかも知れない。他にどんなバンドがいるのだろう?どんなシーンがあるのだろう?それぞれの県や村によってサウンドやリズムはどう違うのか?音楽探求の入り口になれば嬉しく思います。

「21st Century Molam」は、これが私達の角度から見た21世紀のモーラムだというのを伝えたアルバムです。ですから「モーラム」とはこうあるべきだと示すつもりは全く無い。モーラムとは一人一人の解釈や考え方が異なる存在なのです。私達の解釈が形としてアウトプットされたという事です。

私達はアルバムを過去2枚発表しています。1枚目は「21st Century Molam」、2枚目は「Planet Lam」です。内容は楽器で演奏された音(インストゥルメンタル)で構成されている。特に意図したつもりは無いが決まったボーカルが存在しない為、自然と楽器と楽器が音を出し自由に試行錯誤を繰り返した結果生まれたた曲達なのです。もし歌手がいたら勿論その歌手がメインとなるだろしピン楽器の音も歌手の声と被らない様に演奏するでしょう。ある意味、歌手がいたら出来なかった事が可能になったのです。様々なショーでジャムセッションも繰り返しましたから。加えてカンマオがメインのメロディーラインを弾く事でより伝統的な音色を強調した演奏をする事が出来るのです。こういった理由から最初のプロジェクトはインストゥルメンタルにしました。「21st Century Molam」は、これが私達の角度から見た21世紀のモーラムだというのを伝えたアルバムです。ですから「モーラム」とはこうあるべきだと示すつもりは全く無い。モーラムとは一人一人の解釈や考え方が異なる存在なのです。私達の解釈が形としてアウトプットされたという事です。今こうして集まった6人の各々の解釈が混ざり合い出来上がったサウンドなのです。1人でもメンバーがいなかったり変わったりしたらそれはまた別の音になるでしょう。

21st Century Molam
Artist: The Paradise Bangkok Molam International Band
Label: Studio Lam
Cat. No.: SLLP001
Release: 2014
All Songs Arranged By Maft Sai and Chris Menist
Recorded at Dynamic Studio, Bangkok
Engineered by Panya Perdpipat
Assistant engineer: Saranya Verawat
Produced by Maft Sai and Chris Menist
Mixed by Nick Manasseh and Chris Menist at The Yard, London
Artwork and layout by Lewis Heriz

「Planet Lam」は1枚目のアルバムを進化させたアルバムというコンセプト。より実験的で宇宙の様にたくさんの要素を含んでいるのです。我々の音楽を進化させるのに十二分な環境がここ(Studio Lam)には有る。

それから「Planet Lam」は1枚目のアルバムを進化させたアルバムというコンセプトで作りました。スタジオラムも丁度オープンしたばかりの頃ですぐに海外や国内の色んなジャンルのブッキングがありました。私達のバンドとは全く違うジャンルのタイ国内の新人バンドだ。スタジオラムで演奏してくれるバンドはインストゥルメンタル系もエレクトロ系もありジャンルは多岐にわたります。私やパンプそしてクリスがタイに戻った時はだいたいスタジオラムを拠点にして好きなだけ音にハマる事が出来るのです。我々の音楽を進化させるのに十二分な環境がここには有る。様々な人々が行き交う拠点でもありますから一人一人が外から持ち込んでくる音や醸し出す雰囲気、アイディアが互いに影響を与えあって新しい何かが生まれます。

ピンやケンは自然からの影響を強く受けています。ピンを演奏する音も実は蜜蜂が花を囲む様な音に例えて演奏されます。ピンの弦をブゥンブゥンブゥンってね、蜜蜂の羽の音だよ。ケン楽器もそよ風が吹く音、風がヤシの木の葉を吹かす音などがあります。自然から派生した音が伝統的なメロディーラインを作り上げているのです。そして「Planet Lam」はこの様な古い伝統的なメロディーラインを含ませながらより現代感を盛り込みシティーライフ化させたバージョンの音を作ろうと考えたのです。実験と体験を繰り返しました。まずはピンをエレキと繋げエフェクトを増やしディレーをかけブレイクダウンを行いました。「Exit Planet Lam」という曲でケンは今までの様に伝統的でメロディアスなラインを奏でるのでは無く、純粋にケンから出てくる音で構成しました。この曲は宇宙空間の中でスタジオラムという存在が並行して共存しているニュアンスなのです。より実験的で宇宙の様にたくさんの要素を含んでいるのです。

Planet Lam
Artist: The Paradise Bangkok Molam International Band
Label: Studio Lam
Cat. No.: SLLP002
Release: 2016
All Songs Arranged By Maft Sai and Chris Menist
Recorded at Dynamic Studio, Bangkok
Engineered by Panya Perdpipat
Assistant engineer: Saranya Verawat
Produced by Maft Sai and Chris Menist
Mixed by Nick Manasseh and Chris Menist at The Yard, London
Mastered and cut by Frank Merritt at The Carvery
Artwork by Lewis Heriz & Maft Sai

<参考文献>
Soi48(宇津木景一 / 高木紳助)『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』
DU BOOKS. 2017年 (C)2017 Keiichi Utsuki, ShinsukeTakagi / disk union

50’s、60’s、70’s、80’s…脈々と受け継がれるタイ音楽独特の文化カルチャー。パラダイス・バンコクで提供されるお酒「ヤードン」との共通点(2/3)☞戻る

ソウル、ジャズ、ファンク、レゲエ、エレクトロニック、ヒップホップ…音楽愛好家ほど熱狂するタイ音楽。マフト・サイのルーツに迫る(1/3)☞戻る


タイ王国の首都バンコク。東南アジア屈指の世界都市である。敬虔な仏教国であるこの国では国民の9割以上が上座部仏教を信仰し、歴史ある寺院が街中に点在し熱心にお祈りを捧げる姿を日常的に目にする事ができる。近年は光化学スモッグの白い空の下、高層ビルが立ち並び、夕方には所狭しと車が渋滞する。此処バンコクは様々な人種、文化、歴史、経済、宗教が交差する坩堝だ。そんな喧騒の中にありながらゆっくりとした生活が溢れている。そんな魅力がこの街、人々にはある。幼少期を海外で過ごし、自国「バンコク」を俯瞰しながら、その歴史と文化を昇華し全く新しい音楽文化を創り上げた男がいる。その男、マフト・サイである。

Name: Maft Sai
DOB: Unknown
POB: Unknown, Thailand
Occupation: Dj / Producer / Founder of ZudRangMa Records & Studio Lam / Co-owner of Paradise Bangkok & SaNgaa / The Paradise Bangkok Molam International Band
http://www.zudrangmarecords.com
https://www.instagram.com/maftsai/

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