甲高い声、早送りしたような音。ロバート・ジョンソンなど戦前ブルースに感じる違和感。’ハヤマワシ’の真実を菊地明が語る。(1/2)

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INTERVIEWS:
菊地明/Pan Records/Pre War Blues Laboratories/ブルースギタリスト/ブルース研究家


僕たちが聴いてきた音楽は、真実の音なのだろうか?レコードの回転数でよく知られているのは三種類。33rpmつまり一分間に(Per minute)33回転(Rotations)するLP盤。45rpmのEP盤。78rpmのSP盤。僕たちは、無条件でこの回転数で音楽を聴いてきた。この回転数が正しくなかったとしたら?当時の機材や情報を収集分析し、レコードの回転数を復元し、真実の演奏、音を伝える機関がある。菊地明が率いる「戦前ブルース音源研究所」だ。復元した音源を聴くインパクトは大きい。クロスロードで悪魔と取引をしたロバート・ジョンソンの人間離れした声に血が通うのだ。本物の演奏を感じたい、人間は感じる生き物だから。たった一本のカーボンマイクで集音されるモノラル 録音は、全ての音が真ん中にギュッと凝縮され音のダイナミズムは半端ない。ミスプレイもお構い無しの出た目勝負の一発録音、どれだけテクノロジーが進化しても、昔の音には敵わない。より効率を追求していくことで、音楽は退化しているのではないだろうか?いつの時代も音楽は、僕たちにそう突きつけてくる。音楽の原点は間違いなく生演奏だ。さあ本物の‘音’を感じるエキサイティングな旅に出かけよう。

Restored Before
Restored sound

中一で体を壊して入院した時に、ラジオからアナーキーの『ノット・サティスファイド』が流れてきたんだ!これが何ていうんだろ!?言葉のインパクトに凄くびっくりしたんだ。

自分の音楽に対する初期衝動。これは小学校で習う音楽が凄くつまらなかった(笑聲)。その反動でパンクという音楽がドカンと入ってきた時に「うわーこれだ!」っていう事に繋がる大きな要因になった。まず小学校で吹く10個穴のハモニカ(いわゆるブルースハープ)はベンド出来ないから半音が出せない、バンプ出来ないからリズムも出ない。もうこんなつまらないものを「コレが音楽なんだ!」って教わって、コレを覚えられない、奏でられないことを評価されるのが凄く嫌だったんだ(笑聲)。今思えば先生がベンドもバンプも出来なかったって話だよ。

*ベンド:
ハモニカ奏法のひとつ。音程を下げるテクニック。吸って音を下げるドローベンド。吹いて音を下げるブローベンドがある。

*バンプ:
ハモニカ奏法のひとつ。2つ(あるいは3つ)の穴を吸ったり吹いたりしてリズムを刻むこと。

中一で体を壊して入院した時に、ラジオからアナーキーの『ノット・サティスファイド』が流れてきたんだ!これが何ていうんだろ!?言葉のインパクトに凄くびっくりしたんだ。音楽的に技術は低い、それは簡単に分かった。でもあのパワー、何かに対して爆発する感情が伝わってくるんだ。そうするとこの人たちは何を聴いて、こんな音楽をやりはじめたんだろう?ってなる。「イギリスのパンクバンド、セックスピストルズか!なるほど!これ聴いてこういう曲にしたのか!」それで今度はピストルズが何を聴いていたのか?どんどんどんどん辿っていくとリズム&ブルースになり、最後は戦前ブルースになっていくんだよ。アンチクライストですからね!英語の先生に聞いたんだよ。菊地「『Anarchy in the U.K.』の歌詞を訳して!」先生「菊地くんは、そういうのを勉強しなくてよろしい!」そう言って、まったく訳してくれなかった(笑聲)。

中学二年の時に学ランでアナーキーのライブに行くんだ。いつも本でしか見たことのない人たちが目の前に座ってる。嬉しくて話しかけると「おう、中坊がきたぞ!」ってサインくれたりもしてね、この人たち気持ちが優しいなと思った。上手く表現できないこと、普通の人に面と向かったらトラブルになるようなことを、音楽に乗せて歌ってるだけなんだと思った、それをドカンとやられた時に心の奥の方にあるモノを掻き回される感じがあったんだ。その瞬間、この輪の中に入りたいと思ったし、そこに行けば一つになれる感じがあったし、それは生き物として何か大事なことだと感じたんだよ。音楽に、ギターに夢中になりましたね。初めて手に入れたギターは、入院中に買って貰ったストラトキャスター。中一で音楽に夢中になって、中二でギターを始めて三ヶ月でステージに立ちましたね。毎日弾いてた。朝起きてベッドで横になりながら弾いて、トイレいってまた弾いて、ご飯食べてまた弾いて学校行って昼休みにまた弾いて、学校から帰ってきてもずーっと弾いてる、寝るまで弾いてる、そんな毎日。ギターで飯食いたいと思ってた、そうなるつもりでしかなかった(笑聲)。きっと音楽が自分の中にある骨幹なんだよ。

自分のブルースの捉え方はまず音、音のマイクロトーンの表現の仕方、リズムと間(ま)の取り方。ここがブルースという音楽の最たるところで他の音楽と大きく違う部分なんだ。いわゆる黒人の間(ま)、そこが凄いところなんだよ。

自分は、パンクがきっかけで音楽の世界に足を踏み入れたけど、あっという間にあらゆるジャンルを聴くようになった。あの頃はフュージョンが良かった、高中正義さん、マイケル・シェンカーAC/DCとかもめちゃくちゃコピーしましたね。どんどんルーツを遡っていくからビートルズなんか全く聴かないくらい飛び越える(笑聲)。勿論ビートルズも良い曲だけど、技術に関しては単調だし、さほど難しくない。全体を通すと皆に分かり易くてグッとくる曲なんでしょうけど、自分みたいな演者には満足いかなかったんでしょうね。だから飛び越えてマディー・ウォーターズを聴きましたね。

マディーは、パンクやロックから比べるとスローなんだけど、自分にない間(ま)で拍が取り難い。音程とリズム、タイミングの間(ま)が単調じゃない。自分がこれまで聴いてきた、または持っていた感覚とはまったく違った。兎に角マディーは、スライドの音も調子っぱずれで全然キーに合ってないところで止めるしウォャンウォャンウォャンっていう変なギター音を出すし。うわっ!何この下品な感じって思ったの(笑聲)。自分の中のルールと大きく外れた感じがあった。これまで自分たちは、音楽をピアノが基本としてでしか習ってこなかった、1オクターヴを12等分した平均律、これが音だったんだ。ギターはチョーキングでその間の音を表現できる、でも普通その間の音は譜面には正確には書けないよね。自分のブルースの捉え方はまず音、音のマイクロトーンの表現の仕方、リズムと間(ま)の取り方。ここがブルースという音楽の最たるところで他の音楽と大きく違う部分なんだ。いわゆる黒人の間(ま)、そこが凄いところなんだよ。

ブレイクと同じ様に演奏したいから練習するけど絶対に真似できない。絶対この小指こんな早く動かないから!人間技じゃないんだけど、誰も真似のできない技術があるからこそ凄いわけだよね!?そう信じて練習するけど、絶対に無理なんだよ、“ハヤマワシ”なんだよ(笑聲)。

タイムリーな音楽は普通に楽しめて良かったけど、戦前ブルースはどうしても違和感があった。高校二年生の頃、ヤードバーズ(=かつて千葉県市原市にあった音楽喫茶)で「ブルースといえば最後はロバート・ジョンソンだ。これ聴かなくちゃダメだ!」って言われてLPを買いに行くんだ。それでレコード店の店員が試聴で大音響でかけてくれるんだけど、お店にいたお客さんも自分も全員が何じゃこりゃ!?って顔になるんですよ(笑聲)。家に帰ってきてレコードに針を落としても1曲聴けず、次、次って表裏をもう数十分もかからず聴いちゃった。ビート感あってロックンロールのルーツな感じはするし確かに上手なんだけど「ふーん、、、。」って感じで、いわれてたロバート・ジョンソンの衝撃が全くなかった(笑聲)。でもちょうどその頃、映画『クロスロード』が公開されてて、その映画のなかの演奏(ライ・クーダーがサントラを担当)を観て感動したんだよ。ストーリーも面白かったしね。それでもう一回しっかり聴いてクロスロードに挑戦しようって思ったの。コピーし始めたらキーがBとBフラットの間くらいのオープンG系チューニングでこの演奏はないなって事に気がついたんだ。昔のレコードって“ハヤマワシ”なんじゃないの?って思った。それでヤードバーズの先輩に言ったんだ。

菊地「レコード買って聴いたけど、コレ“ハヤマワシ”じゃない?」先輩「そんなわけないだろ!何回転で聴いたんだ?」菊地「普通に33回転だけど」先輩「45回転で聴いてないか?もっとたくさん聴いてみろ」そんなやりとりで誰も信じてくれなかった。それでたくさんの輸入盤レコードを聴いていくと最終的にブラインド・ブレイクに辿り着くの。片っ端から聴いた中で、兎に角ブレイクが一番凄かったの。ブレイクと同じ様に演奏したいから練習するけど絶対に真似できない。絶対この小指こんな早く動かないから!人間技じゃないんだけど、誰も真似のできない技術があるからこそ凄いわけだよね!?そう信じて練習するけど、絶対に無理なんだよ、“ハヤマワシ”なんだよ(笑聲)。でも因果なことに、その“ハヤマワシ”に感動してしまったんだ。それが“ハヤマワシ”じゃなければここまで来れてなかったかもしれない。だから“ハヤマワシ”全否定ってわけじゃなくて、あるがままなんだ。

*ハヤマワシ(=HAYAMAWASHI):
戦前レコードの多くに見られる早い再生音源の呼びで 日本語カタカナ表記の“ハヤマワシ”は戦前録音の音楽を聴くリスナーに広く周知されている。

*33回転(レコードの回転数):
音楽を記録するレコードは規格によりSP(standard playing)、LP(long playing)、EP(Extended Playing)などの種類があり、再生回転数も78回転、45回転、33回転、16回転と様々である。

*オープンG:
ギターのチューニング法のひとつ。通常のギターは、6弦からE-A-D-G-B-Eで調律するが、典型的なオープン・チューニングでは、開放弦の状態で鳴らした時に、GコードやDコードなどの長和音になるように調律する。

あれを聴いた時に、これがブルースだって思ったんだ。歩くリズムも歌も別物でまったく違うんだ。兎に角、自由なんだ。なんか本当に凄い。もうでかいバケツをザブってやられた後に、パコンってやられた感じ(笑聲)。

2001年にメンフィス・ブルース・フェスティバルに出るんだ。ステージでチューニングしてるとエレキギターを繋いだおっさんが邪魔するんだよ。わざと大きい音出したりするのね、こっちはアコギの小さい音なのに感じ悪いなと思ってさ(笑聲)。それでちょっとラグタイムチックなフレーズを弾くと、下からバンマスみたいな奴がレッドベリーみたいだなとかいうわけ。「レッドベリーじゃねーよ!ブレイクだ!見てろよ!これから本物のブルース食らわせてやるから!」って本当おこがましいと思わない?日本から来てさ(笑聲)。でも根がパンクだし邪魔されたりしてるからさ。それで演ったらこれが大盛りあがりで最後はバンドのドラムとベースが上がってきて大セッションでブワーっと盛りあがって終わったんだよ。

だけどそのあとが問題で、すぐ次に出た黒人のホーボーみたいなおっさんがエレキギター持って、ストラップを片っぽうに掛けて弾くんだよ、これでスティーヴィー・レイ・ヴォーンみたいなバリバリのやつをやるわけ!やっベーこのあとだったらとてもじゃないけどステージ上がれなかったぞ(笑聲)。と思えば次は190センチくらいの太った黒人が出てきて「これがブルースだ!」って感じでやるわけ!ステージの下でギタケース持って見てたら『Hoochie Coochie Man』を唄うんだ。まあいわゆる定番なんだけど、それがうねりっていうかグワングワンなんだ。マイク持ってステージ降りてきて、自分の顔のこんな真ん前まで来てさ「ブゥラックキャッツブォーーン」ってやるわけ!あれを聴いた時に、これがブルースだって思ったんだ。歩くリズムも歌も別物でまったく違うんだ。歌の後に演奏なんだよ。後ろの人たちが歌を聴いてるんだね。歌を聴いたあとに、そこを感じて奴等は演奏してる。それからは、自分がバンドでやるときも歌の合いの手にインストになった。兎に角、自由なんだ。なんか本当に凄い。もうでかいバケツをザブってやられた後に、パコンってやられた感じ(笑聲)。

*メンフィス・ブルース・フェスティバル:
毎年5月に開催される世界的なブルースの祭典。メンフィスは、ブルース、ロックンロールなど様々な音楽の発祥地であり、エルヴィス・プレスリーを見出したサム・フィリップスのサン・スタジオが有名だが、マディ・ウォーターズ、ロバート・ジョンソン、ウィリアム・ハンディ、B.B.キング、ハウリン・ウルフ、アイザック・ヘイズ、ブッカー・T・ジョーンズ、アル・グリーンなど偉大なアーティストを多く生み出した街として知られる。

*ホーボー(HOBO):
19世紀の終わりから20世紀初頭の世界的な不景気の時代、働きながら方々を渡り歩いた渡り鳥労働者のこと。

*Memphis のビールストリートでギターを持つ菊地氏
*Memphis のビールストリートにあるBB・KINGの店
*Memphis のステージでの菊地氏(中央)

ソニーを介して向こうにいる誰か、ブルースの巨人たち、先人たちを感じられてるから今までにない演奏ができたんだ。本当に凄く感動したんだ!あの人が一人いるだけでこんな違っちゃうんだよ。突然に全く違うグルーヴが出ちゃうんだ。

その後にキング・ビスケット・タイムの本社に行ったんだ。そしたらプレジデントのジム・フォーさん「メンフィス・ブルース・フェスティバルに出たのか!?お前たち凄いな!じゃあ明日12時にオンエアあるからソニー・パインに言っといてやる」って言うの。明日のオンエアに来いって(笑聲)。当日、ギリギリ五分前に着いてトイレに行ってる間に自分のギター持ち去るおっさんがいるんですよ!後ろから蹴っ飛ばしてやろうかと思ったら、それがソニーだった。あれ蹴ってたらブルース史上に残る一大事です(笑聲)。最初はソニー・ボーイ・ウィリアムソンの『Checkin’ Up on My Baby』。次にジェームス・コットンのインスト曲『Cotton Boogie』。次の曲はインディアンの格好をしてる黒人ブルースマンのエディー・クリアウォーター。彼は、自分が16歳の時に初めて自分で買ったブルースのレコードなんです。そのアルバムに入っている『Find You a Job』をやったんですね。ソニーは、まさか日本人がその三曲を演奏するとは思っていないから凄い喜んでくれた。三十分の番組を、ほぼ自分たちの曲で終わった感じだった。

凄く不思議な経験なんだけど、ラジオに出る一ヶ月前に御茶ノ水の文化学院の講堂で200人くらいの生徒さんの前でブルース講義をやったんだ。そこでできてた事がラジオの当日にできなかったの。でもそのできなかったっていうのは、失敗したんじゃなくて今まで自分たちになかったグルーヴ感が出て「どうしてこうなっちゃうんだろう?」って。それはメンフィスで感じたブルースのリズムが起因してるかもしれないけど、何より目の前でソニーが音に合わせて体を動かすのを見ながら演奏したからだと思うんだ。うわー!こういう感じになるのかって!ソニーは白人だけどやっぱり多くのブルースマンたちを1940、50年代から見てきてるし、本当に毎日毎日ラジオでブルースをかけてる。ソニーを介して向こうにいる誰か、ブルースの巨人たち、先人たちを感じられてるから今までにない演奏ができたんだ。本当に凄く感動したんだ!あの人が一人いるだけでこんな違っちゃうんだよ。突然に全く違うグルーヴが出ちゃうんだ。

*ラジオスタジオに置いてあったソニー・ボーイ・ウイリアムスン達が使用していた実際のドラムセット
King biscuit time での一コマ。ソニー・パイン(後列右)と菊地氏(前列右)
*King biscuit time スタジオ近くのタマレーの店(ロバート・ジョンソンの『They’re The Red Hot』の中で唄われているタマレーです。)
*King biscuit time スタジオ近くのタマレーの店で初めてタマレーを食べる菊地氏
*クラークスデイルにあったブルースミュージアムに展示してあったソニー・ボーイ・ウイリアムスン本人のハーモニカと写真

当然、音楽だけをやれるような環境ではないから片手間でやるわけだよ。それでもブルースギター弾きとしてメンフィスのブルースフェスに出て、キングビスケットにも出た。日本人でここまでやった奴はそんなにいないし、良いんじゃないかな。ひとつ終わりだなって思えたんだよ。

でもそこで自分のブルース人生は一回終わったと思ってる。ここまでブルースが大好きで夢中でやってきた。当然、音楽だけをやれるような環境ではないから片手間でやるわけだよ。それでもブルースギター弾きとしてメンフィスのブルースフェスに出て、キングビスケットにも出た。日本人でここまでやった奴はそんなにいないし、良いんじゃないかな。ひとつ終わりだなって思えたんだよ。でも終わった後にふつふつと、やっぱりブレイクになりたい!同じように演奏したい!!これが最後に残ってる。これ実現させるために一生懸命に練習するんだけど、どうしても同じ様に演奏ができない。どうやっても無理なんだよ、絶対“ハヤマワシ”なんだ。分かってるんだけど、それがどれだけ“ハヤマワシ”かが分からない。

まずLPレコードを片っ端から集めて、同じ曲をアルバム毎に比べたりしてるうちにSP盤を買わないといけないことに気づく。そうすると78回転のターンテーブルを買わないといけない、針がMCだと、昇圧装置も買わないといけない。自分はオーディオマニアじゃないし、うわー面倒臭いって!それまでは、普通にただブルースが好きで聴いて、ギター弾くだけ。別に研究とかそんなの全然なかった。でもやり始めたらどうにも。ブレイクと同じ音を出したいっていう気持ち、なんで出来ないんだろうって。そこできっとギターが違うんだって思うんだ(笑聲)。ブレイクと同じギターを持ったら俺にも簡単に出来るんだって探すけど同じギター見つからない。

公表されてるブレイクの写真は一枚しかないんだ。ギターのバインディングは真っ白に写ってるけど実は白じゃない。寄木が入ってサイドに白いセルロイドの枠がついてる。これを明かりで照射して撮ると真っ白に写るんだ。写真を元に探すからブレイクのギターはどこにもなかった。誰も見つけられなかった。当時は撮影の時にマグネシュウムの粉黛を発火させるフラッシュパウダーを使っていたんだけどその頃のアメリカのチラシやカタログを片っ端から収集してみると写真撮影用に使うルビーランプがあることに気がつくんだ。それで光の特性から謎が解けたってわけ。ブレイクの写真を見ると小指で軽々とチョーキングをしてるでしょ!?きっと大柄の黒人がでっかい指で軽々と弾いてたんだろうってずっと思ってた。

それを元に戻すにために低音の周波数をカットして、高音をギュっと持ち上げて回転数を直した時に、物凄いリアルな表現が戻ってくる。本当にカップラーメンにお湯をかけて戻るくらいの復元力!

ギターペグの大きさは今も昔も変わらない。それを物差しにギターの長さからブレイクの耳、目、鼻とか全部測った。ネクタイも椅子も全部計算で出したんだよ(笑聲)。ミリ単位で算出して、これが正しいかどうか?実際にあるのかどうか?ということを検証するために買っては、サイズを測ることを繰り返し250本くらいのデータは取ったよ。そうすることで色々な事が解明された「ブレイク、思っていたより全然小さいぞ、、、」ってなった(笑聲)。ニュージーランドのラス・マットセンにブレイクのトリビュートギターをその通りの寸法で作ってもらったの。確かにブレイクみたいな音が出るんだけど、CDで聴くこもった音はイコライザーでノイズカットしてる音だってことが分かるんだ。このこもった音は、レコードメーカーさんがCDを作る時にシェラックノイズを消すために高音をカットしたことによるこもった音なんだ。だから戦前ブルースのこもった感じは、まず高音周波数をカットして低音が持ち上がったモコモコ感、それに“ハヤマワシ”の高音感が混じって独特のへんてこな印象になるんだよ。それを元に戻すにために低音の周波数をカットして、高音をギュっと持ち上げて回転数を直した時に、物凄いリアルな表現が戻ってくる。本当にカップラーメンにお湯をかけて戻るくらいの復元力!

*イコライザー:
音声信号の周波数特性を変更する音響機器。イコライザーを使用することにより周波数対帯の低音、中音、高音あるいはノイズ成分を強調したり、減少させることができ、音質の補正や改善が可能。

78回転、みんなそう信じてた。でもCDやLPで売られている楽曲のSP盤を手に入れて78回転でかけてみると、78回転再生ではない楽曲がたくさんある。

78回転、みんなそう信じてた。でもCDやLPで売られている楽曲のSP盤を手に入れて78回転でかけてみると、78回転再生ではない楽曲がたくさんある。メーカーさんはSP盤を正しく78回転で再生した音源のアルバムを作ってリリースするべきだったけど、SP盤を収集する事がなかなかに難しい。60年代だとコレクター諸氏からオープンリールみたいなテープレコーダーに録音した音源をもらって、それをソースとしてLPを作るわけ。問題は、コレクター諸氏から収集した音源が78回転再生のつもりが適当再生音源集なんだよ。質の悪い伝言ゲームになってる(笑聲)。世界中のコレクターと繋がることで音源は手に入るんです。だけど実物のレコードは貸してくれない。音源だけを送ってくるから何回転で再生したかが分からない。

例えばロバート・ジョンソンのすべてを網羅した『The Centennial Collection』というアルバムが出てる。このアルバムを作るためにレコードメーカーさんに音源を提供した人から、イコライザー処理がされていない素材のままの音源を手に入れたんですよ。しかしこれが78回転で再生されておらず、ピッチが適当で自分の心地よいところで再生されている。今までにリリースされてる同じ楽曲と、手に入れた音源のタイムがどれくらい違って、音程誤差がどれくらいあるのかを全て数値化しないと分からない。『The King of Delta Blues Singers』『The Complete Recordings』『The Centennial Collection』とロバート・ジョンソンのアルバム音源はどれも違う回転数なんです(笑聲)。

出来れば元素材をここに全部集めて同じターンテーブルで、同じ回転数で再生したという状況にしないと検証の確度が低くなってしまう。ロニー・ジョンソンもメタルマザーから音程聴き取って回転数を見つけてるわけだけど、メタルマザーをこれだけ集めないと統計が取れないわけだし、いま売られてるCDは元のソースが正確じゃないから原盤がなきゃダメなんです。ブレイクの録音は、初めから終わりまで全部検証したんだ。レコードもほぼ集めたから、“トレースピッチ”を測って楽曲のキーからの誤差を数値化して、それをまた回転数に変換していく。あとブレイクがいつも使ってるコードフォーム、弾き方、使うキーとかでだんだん絞れてくるんです。一人のミュージシャンをやろうと思うと、全部のSP盤集めて一からやらないといけない。お金と時間がかかる気が遠くなる作業なんだよ(笑聲)。

*メタルマザー:
レコード製作の過程で作られる音源が含まれる金属盤。市販されるシェラックやビニール素材のレコードをプレスするためのスタンパーを作るために必要になる。レコード針による劣化や、経年変化に左右されない驚くほど澄んだ音を抽出することが出来る。

*トレースピッチ(TRACE PITCH):
レコード盤の溝と溝の間隔のこと。戦前ブルース音源研究所が録音した時の回転数を見つけるための科学的根拠を探すために測り始め、トレースピッチ理論として発表。メーカー毎に決まりがあったわけではなく、同じメーカー、同じ日の録音でも間隔に誤差があることが証明された。

演者の技術や楽器の特徴を踏まえた上で、20年代のエンジニアがどういう基準で設定をしていたのか?どうして“トレースピッチ”を変える必要があったのか?当時と同じ考察に立ち返り、そこから始める必要があった。

蓄音機の時代は、動力がゼンマイだから正確な回転数は出ないんだ。B面聴いてるうちに動力の元気が無くなってきてモワモワーってなっちゃう。再生する側が録音した回転数と同じで聴けるとは限らないのが前提だし、その時代の商品作りはメディアの中に音があって、遠くに持ち運べて、未来にその音を運べることが最大の目的。だからといって録音した側がデタラメやったということではなくて、例えば80回転を設定したのであれば理由がある。でもリスナーには関係のない話だから公開はしない、伝えない何かがあるんだ。演者の技術や楽器の特徴を踏まえた上で、20年代のエンジニアがどういう基準で設定をしていたのか?どうして“トレースピッチ”を変える必要があったのか?当時と同じ考察に立ち返り、そこから始める必要があった。

アコースティック録音の頃は、生の声をラッパで集音してそのまま録音するから音圧が管理しきれない。これがエレクトリック録音になると、アンプリファイドした音に出来るようになるわけだ。そうすると好みの低音をグッと持ち上げたりとか出来るようになる。高音を減衰させ音圧を上げると、横振幅が大きくなって隣の溝に干渉してしまう。だから“トレースピッチ”を広くしないといけなくなる。広くすると録音時間が短くなる。それだと困るから、限られた面積で音圧を高く長く録るために録音の回転数を少し下げた低速録音をするほか手段がない。もともと基準があってそうなったわけではなくて、試行錯誤してるうちにその基準が出来たというだけで、各社が同じ回転数に落ち着く必要はなかった。だからエジソンレコードは80回転、ビクターは78回転、他のメーカーはそれぞれでやってた。

72回転で録音して78回転で聴くと、132セントつまり半音(=100セント)と32セント上がるんです。100セント以上あがった時に、戦前の録音にあるみんな同じ声で歌う感じ、ヘリウムガスを吸ったみたいな甲高い声になるんだ。

三分の録音をする場合、ミュージシャンに録音のスタートとストップをランプで知らせる。例えば2分45秒のところで残り15秒をランプで知らせる。ランプを見て15秒で終われないと失敗テイクで大事なアセテート盤が無駄になってしまう。そこを72回転に落とすと15秒くらい保険がかけられる2分45秒で知らせれば残り30秒ある。仮にオーバーしたとしても3分10秒くらいのところでは終わってくれる。こういうことの繰り返しを色々やっていたと思うんです。例えば72回転で録音して78回転で聴くと、132セントつまり半音(=100セント)と32セント上がるんです。100セント以上あがった時に、戦前の録音にあるみんな同じ声で歌う感じ、ヘリウムガスを吸ったみたいな甲高い声になるんだ。

1920年代のB♭管楽器のカタログには「クイックチェンジB♭to A」というキャッチコピーがたくさん掲載されている。どういった意図で半音下げる必要があったのか?クイックチェンジを使えば“ハーフステップマジック”の録音が出来る。例えば半音低いキーで演奏し73.5回転で録音して売る、リスナーが78回転で聴くと半音きっちり上がった演奏が聴こえる。研究所では、これを“ハーフステップマジック”と呼んでるんだ。演者が聴いてもキー上に問題ないから、そういうマジックがかかった演奏があったのかもしれない。試しに“ハーフステップマジック”を解くと圧倒的な臨場感が蘇ってくるんだよ。「作り手の側の常識は、一般の人の非常識」そういった公表されない音楽史の事実は当たり前にあることだと思う。「信じてたのにそんな訳ない!」という論議ではなくて、現象として事実として捉えた時に「何故こうなったのか?」ということを探って行けば新たな事実が分かってくる筈なんです。

*ハーフステップマジック(=HALF STEP MAGIC):
戦前ブルース音源研究所が当時の録音方法の一つとして名付けた呼びで半音マジックとして発表。

間違った回転数のレコードを聴いたマディー・ウォーターズやチャック・ベリーからロックンロールが生まれた。戦前ブルース研究所/菊池明インタビュー(2/2)


戦前ブルース音源研究所 プロフィール
1920~30年代を中心としたアメリカ音楽史(レコード音源)の研究・検証機関です。特にブルースを中心としたSP盤(78rpm)時代のレコード音源の復元作業に従事資料収集や検証などを、共有することを目的としています。ヴィンテージ・ギターや弦メーカーの歴史解説、レコード録音回転速度の研究内容などを公開。研究所独自のFret Pitch理論、Trace Pitch理論、Half Step Magicなどがあり、Blind Blake検証、Charley Patton検証、Robert Johnson検証、など当時のミュージシャンを研究所所員の演奏家としての見地も加え、これまでにない視点から分析、新情報を公開。誤った再生速度音源の呼び“ハヤマワシ”というカタカナ表記は広く流布されました。研究所の成果は国内外より高い評価を頂いております。音楽が好き、ジャズやブルースといったルーツミュージックに ”興味がある”  ” 本当の演奏を知りたい”  ” 本物を感じたい ” という 本当に音楽が好きな皆様への贈り物です。(戦前ブルース音楽研究所ウェブサイトより抜粋)

Name: 菊地明 / Pan Records / Pre War Blues Laboratories
DOB: 1968
POB: 千葉
Occupation: ブルースギタリスト / ブルース研究家
https://labo.pan-records.com/
https://pan-records.com/

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